マリウポリ陥落後のウクライナ戦況 | |
[政治] | |
2022年5月22日 15時57分の記事 | |
東部の要衝マリウポリが三か月もの包囲戦ののちウクライナ兵二千余名の投降により終結した。さしずめ籠城戦で周囲はロシア軍による広い範囲の包囲網が敷かれていた。市民を盾に(一年分の食料があるなど言い実は一か月分しかなかったという)立てこもり、最後まで抵抗する(かの硫黄島を思わせる)はさすがになく国連事務総長の仲介もあり市民の救出があった。 プ−チン氏の反ナチズムの戦いこそアゾフ連隊がひとつ標的であっただろう。クリミア併合ではこの抵抗にあい落とせず水源を絶たれる結果となっている。 東部ドンバス地域には元旧ソ連有数の工業地帯であった。戦況の仔細は分かりにくいが、ルガンスク州はロシア軍の支配が全体に及ぼうとしていると見える。ドネツク州はどうか、イジュ-ムが最重要ともいわれ戦車兵員を多く失ったロシア軍、広い平原での戦車戦ならぬ榴弾砲の打ち合いともいわれる。 戦争は防御側が有利であり当初攻撃側が四五倍もいなく同じぐらいの兵員、でここまで押してきた。よく西側が提供した兵器では軍事的反攻ができる程度のものではないとされ、ただロシア軍に苦戦を強いている。何年もかかる平原戦ともいわれる。 ミンスク合意履行がなされてなかった事情、それならば直接支配施政ということか、政治を軍事で行ったプ−チン氏。 黒海沿岸に支配地域を広げオデッサ攻略を視野に入れウクライナの港からの輸出を封じ支配下に置こうとする戦略が見て取れる。 氏のソ連邦復活は支配地域の拡張が先行している形であるが、ロシア方式の施政を行うにしても民族抑圧となっては本来の理念的復活には程遠いものになってしまう恐れがある。
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