公正証書遺言書は、公証人と面会する形で作成します。一般的には公証人は司法試験を合格し、司法修習生を経て、裁判官や検察官といった実務経験を30年以上積んだ司法関係者が法相の任命を受けて就任するものです。いわば裁判の勘所が分かる法律のプロ中のプロです。その公証人が面会して作成した公正証書遺言書は有効です。
専門医から認知症の診断を受けていたとしても、レベルがいろいろあります。全く意思表示ができないレベルから、自分の意思表示を筆記できるレベルまで様々です。認知症という病名が付いただけでは遺言能力がないとは言い切れません。
公証人も、遺言を行う人の表情や言動、意思表示の表現方法などを確認しながら遺言書を作成していきますから、公証人が遺言書を作成できる意思表示ができないと判断すれば、公正証書遺言書を作成しなかったり、遺言書作成を中断したりするいケースがあります。
母親の意思が全く反映されていない公正証書遺言書の内容なのか――その部分はあまり気にしていないようでしたので、問題点が何かを浮き上がらせる必要があります。遺言書の内容で腑に落ちない部分が何かを尋ねると――
「実は母親の遺産は、左記に亡くなった父親から引き継いだ財産ばかり。預金と不動産だけでなく、株式や骨とう品に至るまでバラエティに富んでいます。その一つ一つが事細かに、詳細に遺産分割を指定しているのです。細かい差配を面倒臭がり屋だった母親が行うわけがないし、そこまでできる状態とは思えません」
妹さんが遺言のストーリーを描き、それに沿って公証人が読み上げて確認を求めたのではないかと、お兄さんは疑っているわけです。「妹さんとの兄妹仲は悪くはなさそうですが…」と尋ねると、「妹夫婦とは仲は悪くはありません。双方の夫婦で一緒に旅行に行ったりすることもあります。しかし、こと遺言書に関しては内容的にでき過ぎていて。あまり言うと、今後の兄妹仲にも差し障るのでしつこく聞けずに悶々としているわけです」
ここまで話を聞き出せば、大抵は終わりです。後は一緒に話を聞いていた司法書士にバトンタッチです。どういう展開で話をするのか。
司法書士の説明では、「公証人があらかじめ作成した遺言書を読み上げ、その内容でいいのか確認を都度求め、うなずいたり、肯定の返事をしたりしただけでは、内容を本当に理解した上での意思表示かどうか疑問が残り、民法で定める『口授』があったと認められず、その公正証書遺言書を無効と判断した判例があります」
つまり、公証人という司法関係者が作成した、効力が非常に大きい公正証書遺言書でも無効になるケースがあるわけです。この部分はFPでは判例を承知しているわけではないので、説明できません。「それではすべてが無効にできる可能性もあるというのですか」と切り出したのは、当事務所の代表者。
司法書士は「いや、そこまではありません。そうなったら公証人という立場の人は不要になってしまいます。あくまでも作成する公証人から見た第一印象で口授を理解できるか、できないかを判断するわけです」と追加の説明を行ってくれました。
ただ、今後の家族関係を配慮すると果たして無効の訴えを起こすのがいいのかどうか。「判例ということは裁判で争ったということですね」と聞いたのは当事務所の代表者。
「裁判で争うことになると、兄妹関係は完全に破たんする可能性がありますが、どうされますか。ご夫婦同士で旅行も行かれたりしているわけですし、仲が決して悪くはないわけですし。むしろ仲がいい兄妹関係を保っていますね。妹さん夫婦がメーンで母親の介護をしてきたわけですし。納得のいかない部分はあっても、もう一度検討されるのはいかがですか」と説明した段階で、「分かりました」と言って相談は終わりました。
後日談としてお兄さんからご連絡がありました。「納得できない部分はありましたが、妹への労をねぎらうという意味も込めて裁判沙汰にするのは止め、私も遺言書通りの執行で遺産分割に了承しました。高齢になると兄妹仲の方が大事ですから。お互いに先は短いですから、お互い仲良くやりたいものです」というご連絡をいただきました。相続が争続にならずにホッとした場面です。
****************************************
微妙なケースはFPだけではこなしきれない部分があります。「判例」を引き合いに出して説明するのはその一つです。なるべく争いごとにならないように、円満解決が独立系FPに課された仕事です。要諦は、まずは相談者の気持ちを落ち着かせることにあります。「そういう解決方法だと争続にならないで済むね!」と同じ気持ちになられた方は、下のリンクボタンをポチッと押してください。
↓
人気ブログランキングへ