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第一節
[るがいじめ。]
2011年12月19日 8時48分の記事



 流川雅子(るかわまさこ)について語ろうとすると、極めて普通の女子中学生だ、としか言いようがないかもしれない。
 多少人より暢気で、穏やかな、見た目は可愛いが、目立つところがないため埋もれがちになるという、特にこれといったとりえもないような普通の女の子だ。
 髪はそこそこ長く、縛らずに行く日もあればポニーテールの日、ツインテールの日もある。
 完全にその日の気分と朝の時間の余裕任せだが、今日はポニーテールの日だ。
 彼女の名前は雅子で、普通に「まさこ」と読むのだが、子供の頃は「がこ」と呼ばれていた。
 それがいつの間にか流川雅子の前を取り、流雅と書いて「るが」と呼ばれるようになった。
 その呼び名を気に入っているわけでも嫌っているわけでもなく、そう呼ばれるからそれが自分のあだ名だと認識して、そう呼ばれたら返事をするという感じだろうか。
 この辺のこだわりのなさが流雅の普通で暢気たる所以ではあるのだが。

 その日の朝も、いつもの様に彼女は学校へと登校していた。
「恋はいつもフライング〜♪」
 友達と待ち合わせなんかはしない。
 学校がそう遠いわけでもないし、歩いているうちに色々な知り合いと合流できるからだ。
「フライング二回で失格〜♪」
 そんな彼女が、陽気に歌いながらいつものように登校していた。
 ふと、後ろからかけて来る足音。
 それが彼女に近づいて来て、そして、通り過ぎていく。
「!?」
 その瞬間、急に足元がひんやりと寒くなるのを感じる。
 それが自分のスカートが舞い上がったためだと気づくのには、少しだけ時間がかかった。
「やぁぁぁぁっ!」
 流雅は慌ててスカートを押さえるが、その時には既に重力によってスカートは下がり切っていた。
「よお、流雅。今日は水色の縞か!」
 振り返る流雅とすれ違いで、一人の少年が追い抜いていく。
「中守(なかす)ちゃん!? もうっ! また子供みたいにスカートめくりなんかしてっ!」
 流雅はめくられたスカートをまだ押さえつつ、中守と呼んだ少年に怒る。
「ばっか、お前、スカートめくりは紳士のスポーツだぞ?」
「そんなわけないよ! 紳士はそんなことしないよ?」
「更にだ、俺なんて研究までしてるんだ。すげえだろ」
「? 研究って何の?」
 流雅は首を三十度くらい傾けながら、聞き返す。
「おう、毎日お前のパンツの色を研究して、お前が何着パンツを持っているか研究してんだぜ? すげえだろ?」
「凄い子供だよ! 大人のすることじゃないよ! 大人がしたら、普通に逮捕されるレベルだよ」
「何だと、この!」
 中守は流雅のポニーテールを乱暴につかむ。
「痛いっ! 髪は痛いからやめてぇぇぇっ!」
 半泣きの流雅。
「こっちを向いて話せ!」
「無理だよ! しっぽつかんでるから無理だよ!」
 中守が流雅の後頭部のポニーテールをつかんで引っ張るので、流雅はどうしても後ろ向きにならざるを得ない。
 だから中守の言っている事は無茶なのだが、それでも容赦ない。
「こっちを向かないなら、研究に協力しろ。それならそっち向いてていい」
「協力って何? パンツ見せるとかは嫌だよ?」
 流雅は後ろを向いたままで中守に言う。
「それはいつでも見れるからいい」
「いつでも見ちゃ駄目! もう見ないで!」
 流雅は慌てて、スカートの後ろを押さえる。
「うるさい、黙らないと今見るぞ!」
「さっき見たからもういいでしょ!?」
「母親かお前は。まあいい。お前の持ってるパンツの数と種類を言え! それで今回は許してやる」
「それ、もう研究じゃなくて答えだよ!? いいの?」
「うるさいっ! さっさと言え!」
「ふぇ───んっ!」

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「ふうん、そんな事があったんだ」
 彼女は少し同情げな表情でうなずいた。
 流雅より少し年上の、高校生くらいの少女だ。
「今まで隠してた、花柄のパンティーの存在までばれちゃったの! ひどいよねー?」
「……まあ、そうだけど、正直に言っちゃうあなたもアレだよね」
 少女の苦笑。
「だって、言わないと何されるか分からないよ?」
「今まで隠しておいたものは隠し通せばいいんじゃないの?」
「え? あっ!」
 流雅のはっとした表情。
「何だかんだでただ仲いいだけなんじゃないの?」
「そんな事ないよ! 最近は会うたびにいじめてくるし!」
 流雅は反論するが、それでも少女の表情は変わらない。
「その、中守って子も、ただ単にあなたのことが好きなだけなんじゃないの?」
「そんな事ないよ? 好きならいじめたりしないよ?」
「いやー男の子ってのは好きだから──」
「そんな事ないっ! 好きなら私を守ってくれるはずっ!」
 流雅は少女の言葉を遮って主張する。
 恋に恋する年頃の彼女にとって恋愛とは一つの形しかなく、愛し合えば当然助け合うものだと思っている。
「うーん、ま、それでもいいけどね。その子がいじめるから困ってるってことよね?」
「うんっ! やめて欲しいっ! 出来れば守って欲しい! 時々抱きしめて欲しいっ!」
「結局好きなんじゃないの」
 少女が笑う。
 流雅はふと、あれ、この人誰だっけ、などという疑問が湧いて来た。
 そう言えば、この人誰だっただろう。
 どうして自分はこの人と喋っているんだろう。
 知らない人に打ち明けなくても、別に友達はいるし、話も聞いてくれる。
 こんな年上の人にわざわざ愚痴を聞いてもらう必要なんかない。
 それに、ここはどこだろう。
 公園のようだが、周りには何もない。
 遠くに建物も見えない。
 延々と公園が続いているような気すらした。
「じゃ、それで行きましょうか?」
 少女が笑って持っているステッキのようなものを掲げる。
「え?」
「その、中守君って子があなたをいじめない世界。それどころか、あなたを守ってくれる世界。そんな世界、どう?」
 流雅は、少しだけそんな世界を想像してみた。
「……うん! それがいいっ!」
 その世界は、とても彼女の理想的っぽい世界だった。
 だから、元気よくそう答えた。
 何だか、この人ならそれを実現してくれる気がしたのだ。
「わかったわ。じゃ、後は任せて。やっとくから」
 彼女の持つステッキが光り輝く。
「え? え?」
 そして、その光がどんどん強くなり、辺りを包んでいく。
 流雅は、眩しくて何も見えなくなる。
 そのまま意識が薄れていった。





「起きなさい、雅子、起きなさいっ!」
「ヴァー?」
 突然、意識が戻った。
 何かに揺さぶられている。
 頭はまだぼーっとする。
 ゆっくりと状況を確認する流雅。
 目の前にいるのは自分の母親だ。
 おそらく彼女に起こされたのだろう。
 ああ、ここは自分の部屋だ。
 公園などではない。
 知らない少女もいない。
 ああ、そういうことか。
 流雅は、あることを理解した。
「夢、か……」
 少しだけがっかりする。
 非現実的な話であり、冷静に考えれば適うわけがない。
 だが、夢の中ではそれなりに期待していたし、あの少女も何だかそれを期待できそうだったのだ。
 流雅は少しだけ肩を落とす。
「早く着替えて下に降りて来なさいよ」
 母はそう言って出て行った。
 流雅はしょうがないので黙々と着替えて階下に駆けて行った。

「はあ、今日も中守ちゃんにいじめられるんだろうなあ……」
 流雅は少しうなだれながら、とぼとぼと歩く。
 今日は起こされて時間もあったのでツインテールだ。
 いじめらるのは嫌だが、別に精神的にそこまで苦痛というわけでもない。
 だから、普段ならそこまで落ち込むこともない。
 だが、あんな夢を見て期待した後なので、妙に落ち込んでしまうのだ。
「あの女の人、誰だったんだろうなあって、夢の人かあ。いない人なのかな?」
 流雅は夢の中の少女を思い浮かべながら、考える。
 似たような顔にも覚えがない。
 夢である以上、流雅の記憶の中のものなのだろうが、少なくとも知り合いではない。
 ただの夢の少女とは言え、妙にはっきりと覚えているため、気になったのだ。
 考え事をしながら歩いていた流雅の前に、一人の男が立ちふさがった。
「……?」
 見たこともない男だ。
 流雅と同じ学校の制服を着ているが、初めて見る顔だ。
「あの……なに、かな……?」
 兄妹の敵討ちから愛の告白まで、さまざまな場合を想定しつつ、流雅はおそるおそる尋ねてみた。
 男はにやりと笑う。
 そして、人差し指を親指で覆い隠しながら、流雅の前に持ってくる。

 ビシッ
 
「痛っ!?」
 いきなりデコピンをされる。
 それは彼女のあらゆる想定の中にはない行動だった。
「な、なに? 知らない人にデコピンしちゃいけないって習わなかったの? 私は習わなかったけど! そこは応用というか、常識の範囲で!」
 流雅は額を押さえながら抗議する。
 男は悪びれる様子もなく、流雅を見返す。
「俺はここらでは有名なるがいじめ。覚えておくがいい!」
 少し格好をつけた言い回しで男が言う。
「るがいじめがどれだけ有名か知らないけど、本体の私がそんなに有名じゃないよ!? あと、覚えておけって言うけど、名乗ってないよ?」
 男は不適に笑いながら腕をまくる。
「御託はそこまでだ。いじめてやるから覚悟しな!」
「嫌だけど! なんか我慢出来そうな響き!」
 男が迫る。
 デコピンする気満々だ
 流雅は一歩後ろへ下がる。
 絶体絶命、というわけでもない。
 だが、デコピンは痛いし、それ以上に知らない人にデコピンをされるというわけの分からない理不尽さが嫌だった。
「流雅ぁぁぁぁぁっ!」
 どこからともなく声がする。
「え? え?」
 流雅はおろおろしながら周囲を見回す。
 すると、向こうから走ってくるのは中守。
「ちっ、来やがったか」
 男が少しだけ焦る。
「今日はここまでにしておいてやる。また今度たっぷりいじめてやるからな!」
 そういい残して、男は走り去った。
「間に合ってますっ! あの子で間に合ってますからもういいです!」
 流雅は去っていく男にそう叫んだ。
「大丈夫か、流雅っ!?」
 流雅の下に来た中守は、流雅の方をつかんで聞く。
「うん、まあ、デコピンされただけだし……」
「デコピン! ……すまない、流雅。守りきれなくてすまん……」
 中守は泣き出さんばかりに悔しがっている。
「別にいいよ? デコピン痛かったけど、守りきれてるよ?」
 流雅は、中守のあまりの勢いに少し驚く。
「そうか。ありがとう、流雅。今度は必ず守るからな?」
「うん、それは嬉しいんだけど、何これ? 新しいいじめ?」
「そんなわけないだろう。俺が流雅をいじめるなんて事、あるわけがない!」
 中守のあまりの真剣さに、一度は、ああ、そうだったね、などと思いかけた。
 だが、すぐに思い直した。
 そう言えば昨日もスカートをめくられたばかりだ。
「でも、昨日スカートめくったよね?」
「そんなことするわけがないだろう! そんなことされたのかっ? また俺は守りきれなかったのか!」
 また悔しがる中守。
 状況がさっぱり分からず、頭を四十五度ほど傾けてみた。
 目の前にいるのは確かに幼馴染の中守だ。
 彼はいつもと違い、流雅をいじめるような事はない。
 それどころか逆に守ろうとしている。
「あれ?」
 こんな状況について、どこかで聞いたことがあった。
 誰かが同じような事を言っていた気がするのだ。
「ああ! 夢の中の女の人!」
「? どうした?」
 思い出していきなり声を上げる流雅。
「何でもないっ!」
「なんだか嬉しそうだな?」
「うんっ……えへへっ、そうかあ、かなったんだあ」
 流雅が嬉しそうに笑う。
「何だか分からないが、流雅が嬉しいなら俺も嬉しい」
 中守も嬉しそうに笑う。
 嬉しいし楽しい。
 こんな日々が続けばいいと思った。

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